012 脳と身体の栄養は

わたしの専門分野は身体の構造や運動するしくみなので、いつも身体の不思議について考えています。そもそもこの職業に就いたのも、骨が折れても脱臼してもはたまた筋肉がちぎれても(肉離れ)、そのうち治る(いや本当は元には戻らないのだけど)身体って不思議だな!面白いな!っていう気持ちが発端だから、考えても考えても勉強しても勉強しても尽きない身体の魅力に絆されてしまっています。

むかしはスポーツをやっている人たちの身体に興味がありました。彼らの目的は、より速くより強く、パフォーマンスの限界を追い求めること。物質としての身体と、その生理に魅了されました。

そのあと、病気やけがを負った人たちの身体に興味を持ちました。そこにはより切実な、生きるための移動手段としての身体というものが存在していて。そのころ、ああ身体を動かすには気持ちが必要なんだな、と、患者さんたちに教えてもらいました。

そして子どもを産んでみて、身体を動かすこともままならない新生児から、いつの間にか歩けるようになって自分の意志と運動を連動させていく子どもを見つめていて、人間の身体というのは意志とともにあるのだということをいま、実感しています。

頭も身体も、つまり脳も運動器も、決められたパターンをこなす能力というものを持ち合わせています。与えられた課題をより速く、より正確に。より良いパフォーマンスを体現する能力です。

けれどもその能力は、わたしたちの能力のほんの一部、氷山の一角に過ぎません。

本当の能力は、見えない9割は、何かが足りないとき、そして自分の意志で何かを創造するとき、初めて発揮されます。パターンに当てはまらないとき、なにができるか。無数の結果の中から何を選ぶことができるか。脳だけでなく、身体も、カオスの中で育っていくんです。

こどもは、カオスを愛します。なぜなら彼らは成長を望んでいるから。

こどもにパターンを、与えますか?